後編
Aさん瞑想教室では70歳くらいの
すごく体が小さくて細い女性の方が先生をされていて、
「瞑想をして自分の内側を観てみる事、
自分の嫌な所、色々と蓋をしている事を思い出してもらいます。」
と先生の生い立ちのお話も交えながら、
瞑想が始まったのです。
私
「自分と向き合う」なんて、
クォンタム🌟リバースみたいな事をする本格的な瞑想教室ですね。
その先生はどんなお話をしてくれたのですか?
Aさん
瞑想教室の先生は小さい頃、
母親が今でいう育児ノイローゼだったらしく、父親は厳しい人で、当時は感情に蓋をして生きていたそうです。
ずっと家に食べるものがなく、お風呂にも入れず、お腹が減って近所を彷徨っていたらしいんですけど、
近所の人がご飯をくれたり助けてくれて、
そのお陰で何とか生きていた…
そんな生い立ちだったらしいのです。
そんな過酷な幼少期でも、瞑想教室の先生は、
「ご飯をあまり食べないで育ったから、
体は大きくないけれど、それでも生きていられたのは、お父さんとお母さんのお陰」
と話をしてくれたのです。
私
過酷な人生ですね。
巷ではよく「親に感謝しなさい」と言うけれど、その瞑想教室の先生が言うと、重みが増しますね。
Aさん
瞑想教室の先生は、
「あなたが赤ちゃんの頃、オムツを替えてもらったり、学校に行ったり、給食費を払ってもらっていたでしょ?」
「寒空に捨てられたら、一日だって生きて来れなかったでしょ?」
とお話を続けました。
それを聞いたら
ボロボロと涙が出てきてしまって…。
今まで私は、
もう亡くなってしまった父親に対して、あまり良い印象を持っていなかったけれど、
そう言えば、
父親は色々な所へ連れて行ってくれたな、とか
忘れていた幼少期のことを思い出してきたのです。
私
クォンタム🌟リバースをしていると、
忘れていた記憶を何故か急に思い出す、
ってよくありますよね。
瞑想をする事で、さらに沢山の幼少期の記憶が蘇り、そこで気付きがあったのですね。
Aさん
小学生以来、ずっと会っていなかった父親ですが、父親が亡くなりかける最期の時、
「会いたい人はいますか?」と尋ねられて
父が「実は子どもがいるんです」と、私の事を探してくれて、「会いたい」と電話がかかってきたんです。
父親の最期に会おうかどうしようか迷ったのですが、その当時主人が、
「何があっても最期は、全ての罪は赦されるんじゃないの? 会ってあげたら?」
と言ってくれました。
思い切って父に会いに行き、「ありがとう」と言えたな…とか、今振り返ると、
「後悔しないように、父親に会っとき」と言ってくれた主人にも、本当に感謝だと思います。
私
なるほど。
瞑想教室の先生との出逢いから、瞑想を通して、今まで蓋をしていた感情としっかり向き合ったことで、
家族から十分愛されていた、恵まれていたんだ、と思えるようになったのですね。
続いて、
人間関係で急にAさんから離れていく人も出てきた、そのエピソードもお聞かせいただけますか?
Aさん
クォンタム🌟リバースのセッションを始めるちょっと前に、
うちの会社の主力だった従業員たちが、一気に辞めていったという出来事がありました。
みんなの仲を取り持とうと、上手く立ち回っていたつもりが、結局は解決にならなかったんです。
仕事が回らない!と、色々な所に電話をしまくったら、助けてくれる人が出てきて、
何とか仕事を振る事ができました。
仕事的には事なきを得たのですが、
『人が辞めていくのは、うちの会社に魅力がないからだ』
という思いが拭えませんでした。
ですが、クォンタム🌟リバースのセッションをやっていくうちに、
それと自分は関係ない、と俯瞰できるようになりました。
辞めていった従業員の中に、会社の不満を言う方がいましたが、不満タラタラのまま、うちの会社にいてもらわなくても良いな、と思えたし、
それよりも、助けてくれた人たちに目を向けられるようになりました。
今までは、「こうすべきだ」と、固定概念がすごくあったけれど、
こうしてもいい、違う道もある、って
第3の選択肢が持てるようになったんです。
セッションをスタートしてからというもの、
出てくる問題は必然だし、それは「起こるべくして起こっている」と思えるようになりました。
これがどのようになっていくのか、楽しみです。
前後編にわたってお届けしましたが、
わずか1ヶ月の間に起こったとは思えないほどの変化や気付きでしたね!
とっても濃い1か月を経て、
変化の波を乗り越えて進まれた様子が、ひしひしと伝わってくるインタビューでした。